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【商標調査最前線コラムシリーズ第3回】商標調査、商標検索、さらなる難関! ~「長い名前」をどう調べる? プロも悩む文字結合商標の壁~

みなさん、こんにちは! IP-RoBoの岩原です。
このコラムシリーズでは、ビジネスに不可欠な「商標」について、私が執筆した「商標調査におけるAI活用の問題点および可能性」(※)に基づいて、商標調査の難しさに焦点を当てながら掘り下げています。
前回は、文字でできた商標の調査、特に「称呼(読み方)」で似ている商標を探す検索(称呼類似検索)が、大量のヒット商標を抽出し、似ているかどうかの判断を全て人間の目と経験に頼らざるを得ない、という現状の課題をお話ししました。
今回は、商標調査をさらに複雑にする、もう一つの大きな要因に迫ります。それが、複数の言葉が組み合わさってできた「文字結合商標」の調査です。
※技術情報協会「“知財DX”の導入と推進ポイント」401頁(2025年4月30日発刊)(https://www.gijutu.co.jp/doc/b_2292.htm)
前回配信した「商標調査、商標検索、なぜそんなに大変なの? ~「似ているか」を見分けるプロの悩み~」もぜひご一読ください。
<目次>
- 身近にある「文字結合商標」とは?
- なぜ「文字結合商標」の商標調査、商標検索は特別に難しいのか?
- 調査者に課せられる膨大で複雑な手作業
- リスクと限界 ~非専門家にはほぼ不可能、専門家も手一杯~
- まとめ 文字結合商標は、とっても重要で、とっても難解
身近にある「文字結合商標」とは?
文字結合商標とは、複数の言葉が組み合わされてできている商標をいいます。
例えば、「輝きビューティーサロンTOKYO」「スマイル×イノベーション」「地域まるごとブランド」「未来へつなぐプロジェクト」などが文字結合商標に該当します。
文字結合商標は、漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットなどが複数組み合わされてできることもよく見られます。
▲文字結合商標
こうした文字結合商標は、ビジネスの名前や商品・サービスの名前として非常によく使われます。
そのため、これから使いたい文字結合商標が、すでに登録されている似たような商標とぶつからないか、文字結合商標の類否調査が実務的には極めて重要になっています。
なぜ「文字結合商標」の商標調査、商標検索は
特別に難しいのか?
前回のコラムで、称呼検索が大量のヒットを生み出す大変さをお伝えしました。文字結合商標の類否調査は、その大変さに加えて、さらに乗り越えなければならない壁がそびえています。
その最大の原因は、商標の「要部(ようぶ)」という考え方と、既存のDBサービスの限界にあります。
商標の「要部」とは、複数の言葉が組み合わさった商標の中で、消費者が商標全体を見たときに特に注目し、商品やサービスの出所を示す目印として強く認識する可能性のある、重要な部分を指します。例えば、「プルールX」という商標であれば、「プルール」と「X」の2つの語からなる文字結合商標ですが、アルファベット1語である「X」は通常は要部とはみなされないので、「プルール」の部分が要部として強く認識される可能性が高い、といった具合です。(ただし、要部認定の判断はケースバイケースで非常に難しい専門的な判断が必要です。)
文字結合商標の類否判断では、商標全体に加えて、この「要部」についての似ているか否かも考慮されます。
▲文字結合商標における調査必須対象
ここで問題が発生します。既存のDBサービスで検索を行う際、入力した商標や称呼を「一連一体のワンワード」としてしか処理できないという限界です。
このため、あなたが調べたい商標が文字結合商標であった場合、既存のDBサービスでは、文字結合商標をそのまま入力しても要部の検索を自動で行うことができません。
そこで、あなたは、複数の言葉からできている文字結合商標の中に含まれる「要部になりうる可能性のある組合せ語」を、全て洗い出したうえで、既存のDBサービスで検索する作業が必要になります。
例えば、「未来へつなぐプロジェクト」なら、「未来」「つなぐ」「プロジェクト」「未来へつなぐ」「つなぐプロジェクト」など、様々な組み合わせを考えたうえで、要部になりうる可能性のある組合せ語の判断と、それらの組合せ語を一つ一つ手作業で検索する必要があります。(実際の要部認定のルールはもっと複雑で専門的です。)
つまり、「文字結合商標の構造を理解した上での類似検索」には、既存のDBサービスはほぼ対応していないのです。
調査者に課せられる膨大で複雑な手作業
このDBサービスの限界があるため、文字結合商標の類否調査を行う調査者(知的財産部の担当者など)は、以下のような膨大かつ複雑な手作業を強いられています。
(1) 調べたい文字結合商標に含まれる、要部認定の可能性のある「組合せ語」を、専門知識や豊富な経験に基づいて手作業で全て抽出する。
(2) 抽出した「組合せ語」のそれぞれについて、既存のDBサービスの検索(主として、称呼類似検索)を行う。
(3) それぞれの組合せ語でヒットした全ての商標(前回のコラムでお話しした、あの大量のヒット件数です!)について、調べたい商標やその組合せ語との類似性の判断を、個別に、手作業で行う。
(4) さらに、抽出した各「組合せ語」が実際に「要部」として認定される可能性についても、専門的な判断を行う。
▲4語からなる文字結合商標における検索対象となる組合せ語
このように「見るべき組合せ語」が爆発的に増えるため、これらの全組合せについて、先に述べた調査作業を網羅的に行うことは、現実的には難しくなります。そのため、実際の調査現場では、「要部認定の可能性が高い」と考えられるいくつかの組合せ語に絞って、検索(主として称呼類似検索)を行わざるを得ないのです。
リスクと限界
~非専門家にはほぼ不可能、専門家も手一杯~
しかし、ここに大きなリスクが潜んでいます。
もし、調査者が「要部認定」の判断を誤り、危険性のある「組合せ語」を調査対象から外してしまった場合、重要な先行商標の調査が抜け漏れてしまう可能性があるのです。これは、後々商標権侵害などのトラブルに発展しかねない、非常に危険な状態です。
そして、この「要部認定の判断」を含む文字結合商標の調査は、前回のコラムで触れた類似性の判断以上に、極めて高度な専門的知識と熟練した経験が必要とされます。
結論として、文字結合商標の称呼類否調査は、既存のDBサービスを利用している限り、商標調査の非専門家にはほぼ不可能に近いと言えます。
さらに、商標調査の専門家にとっても、要部認定の判断や膨大な手作業による調査は非常に大きな負担であり、現実的にはどうしても調査の抜け漏れのリスクが伴いやすい状況にあるのです。
これは、現在の商標調査における、最も根本的で深刻な課題の一つです。
手作業と専門家の経験に依存する現状の調査方法では、増加し続ける商標出願に対応し、十分な質を保つことが限界に近づいていると言えるでしょう。
まとめ
文字結合商標は、とっても重要で、とっても難解
今回は、多くの商標が該当する「文字結合商標」の調査が、いかに複雑で難しいか、その背景にある「要部認定」の考え方、既存DBサービスの限界、そして調査者に課せられる膨大な手作業とリスクについて解説しました。複数の組合せ語を抽出し、それぞれについて前回のコラムで見たような称呼検索を行い、さらに要部になるかを判断するという多段階のプロセスが、調査の難易度と負担を大きく引き上げていることがお分かりいただけたかと思います。
次回は、ロゴ等のような「図形商標」の調査についてみていきます。
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[ 執筆者 プロフィール ]
岩原 将文 /株式会社IP-RoBo CEO 弁護士
主として、特許、著作権その他の知的財産権に関する相談、契約、訴訟等を行う。
大学・大学院時代には、機械学習に関する研究を行っていた。
<関連リンク>
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